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仙台高等裁判所 昭和35年(ナ)4号 判決

原告 後藤長之進

被告 岩手県選挙管理委員会

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次の請求として、「昭和三五年四月二八日執行の大船渡市議会議員選挙の効力に関する原告の訴願につき、被告が同年七月二八日なした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙を無効とする。」との判決を求め、第二次の請求として、「昭和三五年四月二八日執行の大船渡市議会議員選挙における当選の効力に関する原告の訴願につき、被告が同年七月二八日なした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙における藤原武雄の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(第一次の請求原因)

(一)  原告は昭和三五年四月二八日執行の大船渡市議会議員選挙(以下単に本件選挙という。)に立候補した者であるが、同年五月一一日大船渡市選挙管理委員会に対し、本件選挙が無効である旨主張し異議申立をしたが、同委員会は同年六月一日右申立を棄却したので同月一四日被告委員会に訴願したところ、被告委員会は同年七月二八日原告の訴願を棄却する裁決をなし、同年八月六日該裁決書を原告に交付した。

(二)  しかし、本件選挙は次の理由により無効である。

(1)  本件選挙の候補者中、滝田喜蔵と鈴木養吉はともに「ワカタ」の屋号を有し、大和田吾東治と藤原武雄はともに「カド」の屋号を有していたところ、大船渡市選挙管理委員会は、昭和三五年四月一八日右滝田及び鈴木両候補者に対し、それぞれ他に同じ屋号を有する候補者があることを知らしたのに、候補者大和田吾東治に対しては、他に同じ屋号を有する候補者があることを知らせなかつた。これは同委員会が候補者を差別して取扱つたものであり、自由・公正を理念とする選挙法の精神に反し、公職選挙法(以下単に法という。)第六条第一項の趣旨に著しく反する。

右規定は効力規定ではないけれども、該規定の趣旨に著しく違反した選挙管理委員会の行為は、選挙の無効原因たり得るもので、すでに判例(東京高等裁判所昭和二六年(ナ)第三六号、昭和二八年六月一日判決)の認めるところである。

(2)  本件選挙において、「鈴木」と単に氏のみ記載した投票は一七五票、「カド」と単に屋号のみを記載した投票は七七票あつて、前者は候補者鈴木養吉及び同鈴木又一の得票に按分され、後者は候補者大和田吾東治及び同藤原武雄の得票に按分されたのであるが、かように「鈴木」と記載された投票が多かつたのは本件と同時に執行された大船渡市長選挙において、候補者鈴木房之助に投票する考えで誤つて市議会議員選挙の投票用紙に「鈴木」と記載した選挙人が多かつたためであり、また「カド」と記載した投票がかように多かつたのは大船渡市選挙管理委員会が選挙人に対し、適切な投票方法を指導し、かつ周知させる義務を怠つた結果である。

選挙管理委員会は、選挙を適正に管理・執行する責任があるから、選挙人の意思を選挙の結果に如実に反映させるために按分票が発生することを防止するに越したことはなく、好ましからざる按分票の大量発生を防止するため、選挙人に対し、適切な投票方法を指導し、かつ周知させる義務があるというべきである。

しかるに、大船渡市選挙管理委員会はこれを怠り、前記のごとく按分票を多数発生させたことは、法第六条第一項の趣旨に著しく反したものというべきである。

(3)  大船渡市選挙管理委員長は、本件選挙と同時に執行された大船渡市長選挙立会演説会の閉会の辞を述べた際、選挙人に対し、市会議員候補者中、氏を同一にする者が八組、屋号を同一にする者が一組あるから、投票に当つては注意をするように呼びかけたが、これは法第六条第一項に違反する。

すなわち、大船渡市選挙管理委員会が、本件選挙を適正に執行するため、選挙人を啓蒙するため右のごとく働きかけるのであれば、完全な調査を行つたうえなすべきであり、粗雑な調査にもとづき、または不注意により誤ちを犯すべきではない。大船渡市選挙管理委員長が、いずれにせよ「ワカタ」の屋号を有する候補者が一組あると選挙人に知らせたことは、結局他の候補者中には屋号を共通にする者がないと宣伝すると選ぶところなく、そのため候補者大和田吾東治は他の候補者中「カド」の屋号を有する者はないと思つていたのであり、また選挙人も「カド」と記載した投票が候補者に按分されようとは思つていなかつたのであつて、同委員長の前記選挙人に対する呼びかけは、不完全な啓蒙宣伝であつて適正を欠くものというべく法第六条第一項に違反する。

(三)  右の違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものである。

(1)  候補者大和田吾東治は、本件選挙において「カド」なる屋号を選挙運動に積極的に用いたのであるが、それには次のごとき事由がある。

(イ) 昭和三一年執行された大船渡市議会議員選挙に際し、「カド」なる屋号をその選挙ポスターに掲げ、その他の選挙運動にも使用して、「カド」と記載した投票は全部同候補者の有効得票に扱われたこと並びに右屋号を同市選挙管理委員会に申告した際、同委員会から他に同一の屋号があつた場合には先に届出た候補者が優先するとの回答を得たこと、

(ロ) 本件選挙に際し、候補者に大和田平一及び後藤長之進がおり、前者は氏の呼称を同じくし、後者の氏は大和田吾東治の名「ごとうじ」にまぎらわしい発音であつたこと

(ハ) 投票用紙に「大和田吾東治」と六字記載することは、教育程度の低い者にとつてわずらわしく、同候補者にとつて不利益であること

もともと屋号等で投票を行う者は老令者や教育程度の低い者に多いから、選挙を重ねるごとに減少するのが当然の成行である。しかるに前記のごとく屋号による投票が多かつたのは候補者大和田吾東治が積極的に同屋号を本件選挙運動に使用したからである。現に同候補者がその屋号を使用しなかつた昭和二七年第一回大船渡市議会議員選挙においては「カド」と記載した投票はわずかに一票にすぎなかつたが、同候補者がその屋号を選挙運動に使用するようになつてからは、昭和三一年第二回同市議会議員選挙においては、「カド」と記載した投票は五一票に増加し、本件選挙においてはさらに七七票に増加した。

これに対し、大船渡市日頃市町の旧家で、・「ダイ」の屋号で広く知られている候補者伊藤喜一は、本件選挙において七八一票を得たのであるが、そのうちには屋号による投票は全然なく、また候補者新沼新平は、「やまと」の屋号を有していたが、これを選挙運動に使用しなかつたので、右屋号による投票は一票しかなかつた。

以上で明らかなように、選挙運動に屋号を使用しないときには、屋号による投票は稀有であり、選挙運動に屋号を使用するときには、屋号による投票は著しく増加するのである。

本件選挙において、候補者藤原武雄は、他に同じ呼称の氏の候補者がなく、老令者や教育程後の低い選挙人に対する選挙運動にも「ふじわら」とかなを使用するになんらの妨げなく、現に同候補者が使用した選挙ポスターには「ふじわら」とかなを付していたのである。

されば、前記「カド」と記載した投票は候補者大和田吾東治に投票された蓋然性が極めて高いものといわなければならないのであり、もし大船渡市選挙管理委員会が、選挙運動期間中、候補者大和田吾東治に対し、同候補者と同じ屋号を有する候補者が他にあることを知らせたならば、同候補者は屋号による投票をさけるために適当な措置を講じたであろうし、その結果は「カド」と記載した投票は絶無といえないまでも極めて少数に止まり得たはずである。このことは本件選挙において同委員会の通知により、候補者滝田喜蔵及び同鈴木養吉は、選挙期間中、ポスターの「ワタカ」と記載した部分にはり紙をするなどの措置を講じたため、「ワタカ」と記載した投票が全然なかつたことよりするも明らかである。

したがつて、「カド」と記載された投票のうち、候補者藤原武雄に按分される票数は四票以下に止まり、これをその基礎得票数三五一票に加えても総得票数は三五五票以下となり、定員三〇人中三一位となつて落選する可能性がある。

(2)  またもし大船渡市選挙管理委員長が前記のごとく不完全な啓蒙宣伝を行なわずに正当な啓蒙宣伝を行なつたならば、候補者も選挙人も按分票となる投票をさけるために注意したであろうし、選挙人が候補者大和田吾東治に投票する際には、「カド」なる屋号による投票をさけて、かかる投票は絶無とはいえないまでも七票以内に止まつたであろうから、前記と同様選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。

よつて、被告がなした前記裁決を取消し、本件選挙を無効とする判決を求める。

(第二次の請求原因)

(一)  原告は本件選挙に立候補したものであるが、同年五月二日大船渡市選挙管理委員会に対し、本件選挙における藤原武雄の当選が無効である旨主張し異議申立をしたが、同委員会は同年六月一日右申立を棄却したので、同月一四日被告委員会に訴願したところ、被告委員会は同年七月二八日原告の訴願を棄却する裁決をなし、同年八月六日該裁決書を原告に交付した。

(二)  本件選挙において、候補者藤原武雄は得票数三八七票をもつて定員三〇名中第二六位の得票者として当選と決定され、原告は得票数三五五票をもつて第三一位の得票者(次点)として落選と決定された。

(三)  しかし、右決定は候補者藤原武雄の得票数に算入できない按分票三六票を加算して得票順位を定めた違法がある。

すなわち、法第六八条の二にいわゆる「同一の氏名、氏又は名の公職の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票」のうちには、候補者の通称または屋号による投票は含まれないと解すべきである。したがつて、

本件選挙において、候補者藤原武雄及び同大和田吾東治が、それぞれ「カド」なる屋号を有するとして「カド」と記載した七七票の投票を右両候補者に按分し、前者に三六票、後者に四一票加算したのは違法であり、その全部を控除すべきものである。

仮に通称による投票が、右法条にいわゆる候補者の氏名、氏または名のみを記載した投票に含まれると解すべきものとするも、候補者藤原武雄の屋号が「カド」であることは、開票区である大船渡市全域に周知されていないから、「カド」なる屋号は同候補者の通称ということができない。すなわち、大船渡市の投票日現在における有権者総数は二二、三一四人であるが、このうち同候補者の出身地である日頃市町の有権者数はその一割にも満たない一、九〇〇人に過ぎず、しかも同町内の有権者であつても、若い者や同候補者から遠く離れて居住する者のうちには、同候補者の屋号が「カド」であることを知らない者が少くない。末崎町は有権者数三、三〇三人であるが、候補者大和田吾東治の選挙地盤であり、候補者藤原武雄の屋号を知つている選挙人はないといつてよい。盛町は有権者総数二、八九一人であるが、同町には「カド」の屋号を有する千葉薬店があり、特別の事情にある選挙人のほか、同候補者の屋号を知つている者はない。大船渡町は有権者総数六、一〇一人であるが、その地理的関係から同候補者の出身地である日頃市町とはあまり交渉がなく、特別の事情にある選挙人のほか、同候補者の屋号を知つている者なく、また、赤崎町・猪川町・立根町も日頃市長町との交渉が少く、特別の事情にある選挙人のほか同候補者の屋号を知つている者はないのであつて、同候補者の屋号が開票区全域に周知されているということができない。

法第六七条、投票の効力の決定に当り、第六八条の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効としなければならない旨を規定するところ、本件選挙において候補者大和田吾東治は積極的に「カド」の屋号を選挙運動に使用したのに対し、候補者藤原武雄は「カド」の屋号を使用しなかつたばかりでなく、同候補者に対する投票は「カド」と記載しないように選挙運動をしたのであるから、「カド」と記載した投票を按分することは選挙人の意思を曲げることとなり選挙法の理念に反する。

したがつて、「カド」と記載した投票は、候補者藤原武雄に按分すべきでなく、前記のごとく三六票を同候補者に按分し、同候補者を当選者と決定したことは違法であつて、右三六票を同候補者の前記得票数から控除すると、同候補者の得票数は三五一票、得票順位第三一位となり同候補者は落選を免れない。

よつて、被告委員会がなした前記裁決を取消し、藤原武雄の当選を無効とする旨の判決を求める。

(被告委員会の主張に対する陳述)

被告はある呼称が通称であるかどうかを定めるには、それが地方的に当該候補者を指称するかどうかにより決すべきであり、開票区全域に周知される必要はないと主張するが、通称は開票区全域に周知のものでなければならないとする基準は統計学上の根拠を有するものであつて、選挙法の理念が選挙人の意思を正確に把握しようとするにある以上動かすことのできないものである。

すなわち、法第六八条の二の規定を厳格に解し、文字通り氏名、氏または名を記載した投票に限り同条の適用があるというのであれば格別であるが、通称を記載した投票にも同条の適用があると解する場合には、どうしてもその通称は開票区全域に周知のものでなければならないのである。例えば、甲乙両候補者に共通のAなる通称があつて、Aを甲の通称とする選挙人が一〇〇人、Aを乙の通称とする選挙人が二〇〇人ある場合、甲のその他の有効投票数が六〇〇票、乙のその他の有効投票が三〇〇票であつて、Aなる通称による投票一八〇票を右法条により按分すると、通用度の低い甲には一二〇票が按分されるのに対し、通用度の高い乙には六〇票しか按分されない不当な結果となるのである。

統計学上の理論は、通称の通用度が異なる場合に、甲に投票しようとしてAと記載した数、あるいは乙に投票する意思でAと記載した数は、法第六八条の二にいわゆる「その他の有効投票数」にのみ比例するものではなく、通称の通用度とも函数関係に立つものであることを明らかにしている。

したがつて、通称による投票に法第六八条の二を適用して、適確に選挙人の意思を把握し得るものとなす場合は、その通称の通用度が同一の場合でなければならないはずのものであり、もしそうでない場合に法第六八条の二を適用するときは、いたずらに選挙人の意思を曲げることとなり、選挙人の意思を如実に投票の結果に反映させようとする選挙法の理念に反することとなるのである。

通称の通用度を証明することは極めて困難であるが、通称が開票区全域に周知されている場合には、通称の通用度が極限に達している場合であつて、開票区のいずれの区域においても、通称が慣習的に用いられている状態は、公知の事実として証明を要しないものとし容易に確認することができ、ここに通称は開票区全域に周知のものでなければならないとする理由がある。

被告代表者は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

(第一次請求原因に対する答弁)

(一)  請求原因第一項の事実は認める。

(二)  同第二項中、本件選挙の候補者中、滝田喜蔵と鈴木養吉がともに「ワカタ」の屋号を有し、大和田吾東治と藤原武雄がともに「カド」の屋号を有していたこと、大船渡市選挙管理委員会が候補者大和田吾東治に対し、他に同じ屋号を有する候補者があることを知らせなかつたこと、本件選挙において「カド」と記載した投票が七七票あり、候補者大和田吾東治及び同藤原武雄の得票に按分されたことは認めるがその余は争う。

(三)  同第三項中、候補者大和田吾東治が特定の地域において選挙運動に「カド」の屋号を使用したことは認めるがその余は争う。

(四)  原告は、本件選挙において按分票が多数生じたことをもつて、大船渡市選挙管理委員会の怠慢であるかのように主張するが、法第六条第一項は選挙管理委員会に対し、法令等によつて定められている手続・方法等について選挙人に周知せしむべきことを規定しているのであつて、候補者が同氏、同名または同一の通称を有するか否かを調査して、これを選挙人に周知させ、その投票方法を指導すべきことを命じているとは解されない。むしろ、かような投票方法について選挙人に周知させる場合、その方法のいかんによつては、かえつて選挙の公正を害する虞れがあるのであつて、このことは大阪高等裁判所が、選挙運動期間中候補者が選挙ポスターに符号を掲げ選挙運動をしていた場合に選挙管理委員会が特定候補者の符号を含む実例をもつて、「符号による投票は有効投票とならないから、文字で表わすか、大抵なれば屋号略称は止めて氏名を書くように選挙民に徹底させ無効投票のないように」との旨記載した文書を配布した事案につき、「各区長から有権者にその旨伝達させた行為は、たとえそれが無効投票防止の意図に出で格別他意がなかつたとしても、選挙法の基本理念である選挙の自由公正の原則を著しく阻害する。」旨の判示した(昭和三〇年九月二九日判決)に徴するも明らかであり、大船渡市選挙管理委員会が「カド」の屋号を有する候補者二名に関する投票方法について、選挙人に周知させなかつたとしても法第六条第一項の規定に違反するものではない。

選挙管理委員会は、候補者中に同一の氏名または通称を有する者があつたとしても、その事実を当該候補者に通知する義務を負担するものではないから、大船渡市選挙管理委員会が本件選挙において、「カド」なる屋号を有する候補者大和田吾東治及び同藤原武雄にこれが通知しなかつたことは、なんら選挙の規定に反するものではない。原告は大船渡市選挙管理委員会が、「ワカタ」の屋号を有する候補者滝田喜蔵及び鈴木養吉に対し、それぞれ他に同じ屋号を有する候補者があることを知らせたと主張するが、これは次のような事情によるものであつて事実に反する。

すなわち、候補者鈴木養吉の出納責任者である小松久七が偶然の機会に同候補者と同じ「ワカタ」の屋号を有する候補者が末崎町にあることを知り、大船渡市選挙管理委員会委員長の職にあつた鬼海正道とたまたま知合の間柄にあつたため、同人の自宅に電話で「同一の屋号を有する候補者が二人あるとき、その屋号による投票はどうなるか」と問合わせ、同人から「その屋号が通称と認められる場合には、同一屋号の候補者間に按分されるものと思う。」との回答を得たため、同人に対し、「末崎町に「ワカタ」の屋号を有する候補者滝田喜蔵があるから、按分票の発生を防止するため、選挙運動に「ワカタ」の屋号を使用しないように同候補者に伝えてほしい。」と依頼し、間もなく大船渡市選挙管理委員会の承認を得て候補者鈴木養吉の選挙運動用ポスターに掲げた「ワカタ」の表示を訂正した。他方鬼海正道は右の依頼により間近にある同選挙管理委員会事務室に行き、そこに居合わせた書記鎌田清を通じ候補者滝田喜蔵にその旨連絡したのである。そして、右連絡は同選挙管理委員会として行つたものではなく、鬼海正道個人が行つたものであつて、もとより同選挙管理委員会が候補者を差別して取扱つたこととはならないのである。

(第二次請求原因に対する答弁)

(一)  請求原因第一・二項の事実は認める。

(二)  同第三項中、本件選挙において「カド」と記載された投票が七七票あつたこと、該投票を候補者藤原武雄に三六票、同大和田吾東治に四一票を按分加算して当落を定めたこと、投票日現在における大船渡市の有権者総数、日頃市町その他の各町の有権者数が主張のとおりであることはこれを認めるがその余を争う。

候補者についての氏名以外の呼称がその通称であるかどうかを定めるには、それが地方的に当該候補者を指す呼称であるかどうかにより決すべきであり、それが、開票区全域に周知されている必要はない。ことに町村合併により、その地域が著しく拡大された大船渡市の現状においては、その範囲・地形・交通の事情等により、全域の選挙民に候補者の通称が周知されることは至難であるから、候補者につきある氏名以外の呼称が旧市町村及びその周辺において、普遍的に当該候補者を指すものと認められる場合には、当該候補者の通称と解すべきである。

「カド」の呼称につき調査すると、候補者藤原武雄については、主としてその居住地である大船渡市北部の日頃市町(旧日頃市村)、立根町(旧立根村)、猪川町(旧猪川村)において、広く同候補者の呼称とされ、他方候補者大和田吾東治については、同市南部の末崎町及び隣接大船渡町において広く同候補者の呼称とされているのであつて、「カド」なる呼称は右両候補者の通称というに妨げがない。

本件選挙において、候補者大和田吾東治が「カド」なる呼称で選挙運動を行つた地域は、主として末崎町及び大船渡町の中部以南であり、北部の日頃市町、立根町及び猪川町方面では、その選挙ポスターを掲げたこともなく、その他の選挙運動もしてない。

他方候補者藤原武雄は、主として大船渡市北部の日頃市町及び隣接の立根町、猪川町において選挙運動を行い、選挙運動期間中ポスターを印刷する際、長男の注意により、これに「カド」の表示をすることを思い止つたけれども、なお老人等の選挙民が同候補者に投票する際、従来呼びなれ、かつ記載し易い「カド」の記載により投票することがあることは容易に推察することができる。

したがつて、「カド」なる呼称は右両候補者の通称と認めるべきであり、「カド」と記載した投票を法第六八条の二により前示のごとく按分加算し得票を決定したことはなんら違法ではない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

(第一次の請求に対する判断)

(一)  原告主張(一)の事実については当事者間に争がない。

(二)  そこで本件選挙が無効であるかどうかを判断すると、

(1)  本件選挙において、候補者中滝田喜蔵と鈴木養吉とがともに「ワカタ」の屋号を有し、大和田吾東治と藤原武雄とがともに「カド」の屋号を有していたこと並びに大船渡市選挙管理委員会が候補者大和田吾東治に対し、他に同じ屋号を有する候補者があることを知らせなかつたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、第三ないし第五号証、乙第二号証の一ないし三・五・六・一一、証人鬼海正道・菅生忠・鎌田清・滝田喜蔵・鈴木養吉・大和田吾東治・藤原武雄の各証言によると、大船渡市選挙管理委員長の職にあつた鬼海正道は、昭和三五年四月一八日(告示の日)の夜、候補者鈴木養吉の出納責任者である小松久七から、同候補者の屋号は「ワカタ」であるが同市末崎町からの候補者で同一屋号を有する者がいる。「ワカタ」の記載で投票した場合どうなるかと電話で問合わせがあり、その際同人から双方に注意してもらいたい旨の要請を受け、按分票の発生を極力防止しようとする見地から直ちに同選挙管理委員会事務局に行つて、書記鎌田清に命じ右鈴木及び候補者滝田喜蔵に対し、「ワカタ」と記載した投票は場合により両候補者に按分される旨注意をうながしたため、両候補者は選挙運動に「ワカタ」の屋号を使用することを思いとどまり(候補者鈴木養吉は、すでに印刷した選挙用ポスターの「ワカタ」記載部分に同選挙管理委員会の承認を得たうえ、「ようきち」と記載したはり紙をして使用)、開票の結果は、「ワカタ」と記載した投票はなかつたこと、他方同市末崎町に居住する候補者大和田吾東治及び同市日頃市町に居住する候補者藤原武雄は、ともに主として居住している町及び隣接町において、古くから「カド」と呼称せられていたが、大船渡市選挙管理委員会に明らかな呼称でなかつたため、候補者大和田吾東治が同委員会に対し、「カド」なる呼称を同候補者の呼称として申告し、かつ選挙運動用ポスターに同呼称を印刷して選挙運動に使用していたけれども、同委員会当局者は右両候補者がともに「カド」の呼称を有することに気付かずに過し、開票に際しようやくこれを知るに至つたことが認められ、乙第二号証の一一ないし一三、証人大和田吾東治の証言をもつてしてはいまだもつて右の認定を左右しがたく、他に以上の認定に反する証拠はない。

被告委員会は、右鬼海正道が候補者鈴木養吉及び同滝田喜蔵に対しとつた前記処置は、大船渡市選挙管理委員長としてとつたものではなく、同人が個人としてとつたものである旨主張し、証人鬼海正道・菅生忠はこれにそう証言をしているけれども、前示認定の意図並びに手段方法に照して考えると、右は鬼海正道が個人としてではなく右委員会の機関たる委員長としてなしたものと認めることが相当であつて右の証言部分は措信しない。

しかし、選挙管理委員会が候補者を差別して取扱つたというがためにはそのことについて同委員会に故意があることを必要とすべく、右事実をもつてしては、大船渡市選挙管理委員会が候補者大和田吾東治または同藤原武雄を差別して取扱つたと認めるに不十分であり、全証拠によるも同委員会が候補者を差別して取扱つたと認めることのできる証拠はない。

(2)  次に大船渡市選挙管理委員会が選挙人に対する適切な投票方法を指導することを怠り、按分票を多数発生させたことは法第六条第一項の趣旨に著しく反するものであるとの主張につき考えるに、本件選挙において、「カド」と記載した投票が七七票存し、これを候補者大和田吾東治及び同藤原武雄の得票に按分されたことは当事者間に争がなく、本件弁論の全趣旨に徴すれば、右按分票は比較的に多数であるといわざるを得ない。

ところで、法第六条第一項は、選挙管理委員会は常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努めるとともに、特に選挙に際しては、投票の方法、選挙違反その他選挙に関し、必要と認める事項を選挙人に周知させなければならない旨を規定し、選挙人に対する啓蒙活動を選挙管理委員会の任務としているのであるが、右の規定はいわゆる訓示規定であつて効力規定ではないものと解すべく、例外的に右規定の趣旨に著しく違反し、そのため選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合には選挙の無効原因たり得る場合があるというべきである。

そこで、本件選挙が右例外の場合に該当するかどうかを検討するに、原告が主張するごとく按分票が多数発生することは選挙法上望ましき事柄ではなく、選挙管理委員会が極力その防止に努めることが任務に忠実なゆえんではあるが、何分選挙は多衆人間に行われるものであつて、その結果を予測することは極めて困難であり、往々予測し得ない事態が発生するのであるから、その結果のみにより選挙管理委員会が任務を怠つたということができないことはいうまでもない。

本件選挙において、大船渡市選挙管理委員会が候補者大和田吾東治及び同藤原武雄がともに「カド」の屋号を有することに気付かなかつたことはすでに認定したとおりであるが、この場合同委員会において、選挙人が屋号・俗称等により投票することを予測し、候補者につきこれらを調査する義務があると解することはできない。したがつてまた、右調査にもとづいて按分票の発生を防止すべき義務があるものとも解せられない。けだし、かかる義務を命じた法文上の根拠がないのみならず、かかる調査及び防止をその義務とすべき理論上の根拠を見出すこともできないからである。してみると前記按分票の発生をもつて同委員会の怠慢にもとづくものであつて法第六条第一項に著しく違反するものとすることはできない。

(三)  進んで、大船渡市選挙管理委員長が、同市長選挙立会演説会の席上選挙人に対し事実摘示(二)(3)の如く述べたことが法第六条第一項に違反するかどうかにつき考えるに、本件選挙において候補者中同じ屋号を有する者が二組あつたことはすでに認定したとおりであり、大船渡市選挙管理委員長鬼海正道が、昭和三五年四月二五日、本件選挙と同時に執行された大船渡市長選挙立会演説会において閉会の辞を述べるに際し、選挙人に対し、棄権しないようにまた公明なる選挙を行うように呼びかけ、これに付加して、本件選挙において、同一氏の候補者が八組、同一屋号の候補者が一組(前認定の候補者滝田喜蔵、同鈴木養吉の同一屋号ワカタを指す。)あるから、投票に際しては十分に注意すべき旨述べたことは乙第二号証の一により明らかであつて、右鬼海正道が同一屋号の候補者が一組であると断言したことは調査に遺漏があり、正確でなかつたということができる。

しかし、右鬼海正道が行つたことは、法第六条第一項の規定にしたがい、選挙人を啓蒙する目的に出たものであることは疑を容れる余地なく、全体として選挙に貢献するものであることはいうまでもない。そして、同人が同一屋号の候補者が一組であると言明したことにより、たとえ「カド」と記載して投票しようとしていた選挙人に安心を与える向があつたとしても、法第六条第一項の趣旨に著しく反した行為ということができない。

原告は、右鬼海正道が「ワカタ」の屋号を有する候補者が一組あると選挙人に知らせたごとく主張し、かつまた候補者大和田吾東治は右鬼海正道の言明により、他の候補者中「カド」の屋号を有する者はないと思うに至つたかのごとく主張するが、該事実を認めることのできる証拠はない。(四)してみると、法第六条第一項の趣旨に著しく反した違法があることを前提とする原告の請求はその余の点につき判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。

(第二次の請求に対する判断)

(一)  原告主張(一)及び(二)の事実については当事者間に争がない。

(二)  公職の候補者の俗称・屋号等が当該候補者の呼称として一般に通称化されていると認められるときには、右は、候補者の氏名、氏または名と選ぶところはないから、これによる投票についても法第六八条の二の準用があると解することが相当である。けだし、右の如き俗称、屋号等による投票もこれによつて特定人を選挙する意思を表現したものと認めることができるからこれを有効とすべきものであることは当然であり、したがつてまた、かかる屋号等を有する候補者が二人以上ある場合には、これを法の定めるところにしたがつて按分することによつて、これを有効なものとして取扱うのが相当だからである。

(三)  そこで、「カド」なる呼称が候補者大和田吾東治及び同藤原武雄の通称と認めるべきかどうかについて考えるに、成立に争のない甲第三号証、乙第一号証の一ないし八三、第二号証の一ないし一八、第三号証、当審で取調べをした全証人の各証言を総合して考察するに、候補者大和田吾東治は、大船渡市末崎町字西館四二番地に居住し、農業兼漁業を営み、祖先から「カド」の屋号で知られ取引にもこれを使用し、居住している末崎町及び隣接大船渡町、盛町において広く「カド」と呼称されており、昭和三一年四月執行の同市議会議員選挙に立候補して、「カド」なる呼称を選挙運動に使用したこと、本件選挙においても同候補者の氏または名にまぎらわしい候補者が他にあつたことから、右の呼称を積極的に使用し、選挙運動用ポスターにはその氏名のほかに「カド」の呼称を印刷して開票区である大船渡市一円に掲げたこと、候補者藤原武雄は、同市日頃市町字郷道四二番地の一〇に居住し農業を営んでいる者であるが、その先代が角屋敷に居住していたことから、「カド」の呼称が起り、同候補者に伝えられて現在に及び、居住している日頃市町(旧日頃市村)においては一円に「カド」と呼称され、次いで隣接猪川町(旧猪川村)及び立根町(旧立根村)において広く「カド」と呼称され、また昭和二七年同市議会議員となつてからは、その同僚からも「カド」と呼ばれていることが認められ、「カド」の呼称は両名ともに開票区である大船渡市一般に通称化されていることを認めるに十分である。

原告は、ある呼称が通称化されたというがためには、開票区の選挙人全員に知られなければならないかのごとく主張するが、開票区の選挙人一般に知られることをもつて足りるものと解すべきである。

法第六八条の二の規定は、いうまでもなく法の擬制である。すなわち、同条項に記載の如き投票を無効とするならば格別であるが、これを有効とする限り、その投票が何人に対するものであるかはこれを明らかにする方法がない(法第五二条)のであるから、これをもつとも合理的と思料される方法によつて按分するのほかはなく、その方法として、法は右の規定を設けたものである。

なるほど、さきに認定の事実、本件にあらわれた全証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、候補者大和田吾東治は、その屋号「カド」を、ポスターに記載して掲示し、選挙運動をなすにあたつても積極的に使用したことが認められるに対し、候補者藤原武雄は、その屋号「カド」をポスターに記載せず、選挙運動にあたつても積極的にこれを使用したものとは認められないが、なおかつ、同候補者に対する投票中に「カド」なる屋号によるものが相当数あつたであろうことは、十分にこれを推測することができるから、いま、「カド」なる投票中そのどれだけが右何れの候補者に対するものであるかを確認することが全く不可能のことに属する以上、前記「カド」なる投票は、これを法第六八条の二によつて按分せざるを得ないものとしなければならない。原告主張の確率の論はこの際採ることのできないものと考える。

したがつて、「カド」と記載した投票を法第六八条の二にしたがい右両候補者に按分したことは適法というべく、原告の本請求もまた理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)

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